酒害相談と福祉、エンパワメントについて考える

 相談支援もしくは、対人援助という言葉から、多くの人が福祉・医療分野における面接活動を思い描くことであろう。面接室で相談員がクライエントと対座し、悩みを聞く様子が目に浮かぶのではないか。しかし、断酒会員にとっての相談支援は、断酒した者あるいはその家族が、いまだ酒害に悩み苦しむ人々の話を聞き、辛い現状をなんとか打破しようと、手をとり共に歩もうとする姿であろう。パネルで仕切られた面接ブースなどではなく、各地の例会場で、あるいは双方の自宅で、時と場所を選ばずに行われるはずである。相談員たる断酒会員にとって、断酒会活動などから得た専門知識、同じ病を経た者にしか共有できない絆、自分が救われたことへの報恩の強い思いを胸に、今にも酒の海に溺れそうな人とともに、断酒という岸辺に泳ぎつくのは至上の喜びである。
 しかし、ただ闇雲に「愛と情熱」の押し売りをするようであっては、効果がないばかりか、いったん救われたかに見えた自らまでもが、再び暗い海に放り出されることもあろう。少々の技術と冷静な知覚が、ほとばしる愛と情熱の強い足場となることもあるのではないか。もちろん相談活動の根源は、「気持ち」にあることは間違いないが、本コラムでは改めて、大切な概念として福祉的な視点と「エンパワメント」について論じてみたい。エンパワメント、すでに耳にする機会も多くなった昨今である。わが国では長く、権限委譲などと訳されてきたが、現在では諸説の中でも、「個々の人間の持つ内なるパワーに注目し、それを引き出すこと」とされることが多いようである。
 社会福祉におけるエンパワメントは、1976年にB.ソロモンが、その著書『黒人のエンパワメント』の中で、差別や抑圧を受けてきた人びとの抵抗思想を援助理念として位置づけたことに始まる。「差別的な待遇によって、クライエントが無力な状態に陥っている場合に、そのような状態を改善する目的で行われる一連の活動に対して、援助者がクライエントとともに関与するプロセス」と記した。さらに、国際ソーシャルワーカー連盟においても「人びとのエンパワメントと解放を促していく」と定義するように、エンパワメントは今や社会福祉専門職の重要な概念である。地域福祉や、ネットワーク構築を考える際も外せない視点である。
 このエンパワメントの概念を用いた相談援助のアプローチにおいては、「無力な状態」(パワーレスネス)の原因は、クライエント本人ではなく、差別的・抑圧的な環境側にあり、支援者は、クライエントとともにパートナーとして、その改善に努めることを重んじる。このとき、支援者とクライエントの立場に上下関係が生じたり、クライエントの意向がなおざりにされてはならない。この姿勢で、クライエントとその環境との接点に焦点をあて、パワーレスネスの状態を改善していこうというものである。パワーレスネスな状態に陥ると、人は問題解決のための資源との接触が制限されたり、そのための知識が不足していたりする。社会環境との交互作用の中、他者と協働しながら自立して生きていくという本来のパワーを、社会的マイノリティであるがゆえに抑圧されるのだ。これに抵抗し、クライエントの潜在性を信頼しながら、カウンセリング、グループワーク、社会技能訓練など多様な方法をとって、支援していくのである。
酒害相談も、人の暮らしが単独で営まれているのではなく、必ず何らかの環境と相互作用しつつ、お互いに影響を与えているという現実を踏まえ、全体として捉える見方を率先することによって有効に機能するのではないだろうか。社会環境の中で、問題を抱える個人あるいは家族、集団は、それぞれ独立して存在するように見えても、相互に影響しあっている。この関係性への介入こそが、援助効果をもたらすものなのである。酒害者の問題を解決するために、環境の修正や開発を行うことを怠ってはならない。なぜなら、人間は絶えずそのおかれている環境と交流しているからだ。その環境とは、人間の可能性を広げる一方、阻害することもある。また、人と環境の調和は、時に差を生じ、不調和になりうるものである。人は、意識せずとも、環境に適応すべく努めているものである。その努力のツールなり結果なりが、「酒」だったのだ。
 相談援助における環境の中で、特に重要なのが家族である。現代社会においては、家族のあり方が激しく変貌し、悲惨な事件が取りざたされることも多い。逆に、家族の支えによってより良き人生を送ることができるのも確かである。酒害者本人と家族を理解し、誰がどのように考えて行動するか、それがどのような意味を持つのかは、重要な視点となる。その際に、家族システムを、その閉鎖性・開放性、安定性、複雑性、適応性などの特性から充分に理解しておくことも必要だろう。また、家族以外にも環境としての接点には地域がある。地域をどのように捉え、援助システムを構築していくかが重要である。地域における生活課題や問題を抱える人々に包括的に解決を図る活動が重要となっている。地域を理解し、援助を構築するには、生活空間としての地域、行政単位としての地域、共同体観念としての地域など多角的に考えておく必要がある。そして、酒害相談の場合、医療との連携が重要な事は言うまでもない。
 さらに、ここで言う環境は、単なる空間を指すだけではなく、人間の思考という範囲、人間が関係を維持していく能力の領域にまで広がり、自然環境も社会環境の一部となる。つまり、人と環境に焦点をあてた酒害相談は、心から心へはたらきかける直接的活動と、社会環境を通じてはたらきかける間接的活動に区分されるのである。
 最後に、酒害者本人の、助かろう、自立しようという意欲を導き出す、つまりエンパワーするのが、酒害相談のプロセスにおいて重要だが、そのためには、相談を担う者自身の心のあり方も大いに問われる覚悟で臨むべき事を失念してはならない。

2018年01月22日