夏目漱石は草枕の冒頭をこう書き出しています。
「山路を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。住みにくさが高じると、安い所へ引き越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生れて、画が出来る。人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向う三軒両隣りにちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからとて、越す国はあるまい。あれば人でなしの国へ行くばかりだ。人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう。」
漱石は、人間関係が苦手で悩んでいたようです。心の専門家の中には、彼が心の病を患っていたという人もいます。心の病を脱却するにはいろいろな方法がありますが、まず、心の中を整理する必要があります。整理をするには、表現しなければなりません。表現すること自体が治療的に作用すると言ってもよいのです。
そこで漱石は、文章が得意だったので文章によって自己を表現し、心を整理したと思われます。
「智に働けば角が立つ」と漱石は表現していますが、実際に、理屈っぽい人といると、嫌になりますよね。とてもリラックスできません。屁理屈を言う酒害者と生活してきた家族にはそれがよく分かるはずです。が、かといって無人島で暮らすわけにはいきません。「人でなしの国は人の世よりもなお住みにくかろう」と漱石が言うように、人でなしの国で生活するのは大変なのです。
ロビンソンクルーソーの場合
人でなしの国で生活をせざるを得なかったロビンソンクルーソーの物語を知らない人はいないと思います。彼は船が難破して無人島に流されました。食べていくだけなら何とか出来るかも知れません。
しかし、人間は肉体だけで生きている訳ではありません。人間には心というものがあります。一人ぼっち、喋る人がいない、そういう孤立した状態で人は生きる気力を失って、たちまちノイローゼになります。でもロビンソンクルーソーはノイローゼになりませんでした。その理由を探るために、文献を調べたところ、その理由が分かったのです。
確かに無人島には人は住んでいませんが、植物や動物が生きていました。彼は、朝起きると木をさすり、「おはよう」と声を掛けました。
そして、木の幹にナイフでチェックを入れてカレンダーにしたのです。
今日は島に流れ着いて何日目だと記しました。それから、野生の山羊を捕まえて、囲いを作り、その中で飼いました。その山羊にも声を掛けたそうです。それだけでなく、空腹を満たすための食糧にもしました。魚を釣ってくると、直ぐには食べずに、会話するのです。草木とも会話をしたのです。そして彼は大切なことに気づいたのです。無人島なので人はいませんが、海面に映る自分の姿を見て自分という人間の存在を知るのです。そこで、彼は日記を付けて自分と対話をしました。そのため彼は孤独に陥ることはありませんでした。彼がノイローゼにならなかった秘訣はその辺にあったようです。
ロビンソンクルーソーは、人間の弱さを熟知して、何が人間にとって大切であるのかを知っていたのだと思います。
たとえば、ここに花がありますが、花も毎日話し掛けると、成長の度合いが違うと言われています。話し掛けず、水もやらなければ枯れてしまいます。植物でさえそうですから、ましてや人間の場合はなおさらです。声を掛けることの影響は大きいのです。もし親が子どもに「あんたはダメな子ね」と毎朝言ったら、絶対にダメな子どもになってしまうはずです。反対に毎朝「おまえはいい子だね」と言って育てると、元気に育つことでしょう。
「つながり」の大切さ
「人間関係」にもいろいろありますが、同じ病を抱えた人々が集う「自助グループ」には、病を癒す力があると言われています。乳がん患者の「あけぼの会」、うつ病患者の「メラン会」など数ある自助グループの中でもこの国では「断酒会」は最大で最古の自助グループとして知られています。人は人とのつながりを通してこそよりよく生きていけることを示していると思われます。
奈良断酒会が主催した第50回近畿ブロック大会に参加した際に次のようなスローガン(標語)を紹介されて知りました。夫の回復に尽力してきた家族の思いが込められた句だと感じました。
仲間と共に一日断酒(渡邉久美子作)
真栄城輝明(大和内観研修所)